M&A
+ .1 .バングラデシュのM&A動向
概要
1971年にパキスタンから独立したバングラデシュは、長い間植民地支配を受けていたという歴史的背景から外国資本に対しての警戒心が強く、国内への外国資本の流入については厳格な規制が課されていました。その頑なな外国資本排除の政策は国際的な孤立を招き、長期間にわたって経済的低迷を招きました。
しかしその後、以前は外国資本の規制業種として登記の指し止めになっていたアパレル調達事務所、貨物運送業者、輸入代理店、配達(クーリエ)サービス業者、海運会社、利益目的の教育機関、広告代理店、航空・鉄道の販売総代理店の8業種について、2016年3月には登記の指し止めが解除されています。依然として外国資本に対する禁止業種や規制業種はありますが少しずつ緩和されている傾向にあります。
国連より発表された世界直接投資報告2023によれば、2022年のバングラデシュにおける外国直接投資額は2021年の28億9千万より約83%増加した34億8千ドルを記録し過去最高額となりました。また、同年の外国直接投資額はパキスタンやスリランカを含む南アジア諸国の中でトップを記録しました。毎年バングラデシュへの国別投資額ランキング第1位であった米国は2018年には4位に落ち、2022年に再度1位になるも、2023年には5位になりました。2023年は、1位がイギリス(6.2億)、2位が韓国(6億ドル)、3位がオランダ(5億ドル)という結果になっています。
また、同報告によれば以前5億4千ドルに留まっていた株式投資額は約109%増え11億2千ドル、企業内ローンは3億3千ドルから254%増え12億ドルを記録しており今後も外国投資額は右肩あがりになるだろうと予想されています。
さらに、バングラデシュでは、中間所得層の増加に伴い、個人消費が活性化し、飲食産業や嗜好品産業が都市部に続々と進出してきています。都市部のボナニエリアには、オーストラリアやカナダ資本の飲食店が開業し、国内ではホンダやヤマハのバイクが店頭に並んでいます。2018年には世界の主要タバコ会社5社の1つでもある日本タバコ産業(JT)は、14.7億ドルでバングラデシュのAkijグループのタバコ事業を買収しました。この金額はバングラデシュ国内の外国直接投資の単独で最大金額となりました。個人消費の活性化に加え、外資規制が以前よりも緩和傾向にあることから、今後は飲食店や嗜好品産業の買収などの事案も増加していくことが見込まれます。
以下、近年の代表的なM&Aの事例です。
① 2018年、日本たばこ産業のAkijグループのたばこ事業の買収(14.7億ドル)
② 2020年、ユニリーバのGSK(GlaxoSmithKline) Bangladeshより、82%の株式を取得(202億750万タカ)
③ 2020年、Akij グループが麻(ジュート)製品大手のJanata Jute Millsを買収(約70億タカ)
④ 2018年、Alipay(アリババグループ)が, モバイル決済大手のbKashの株式20%を取得
⑤ 2018年、Beximco Pharmaceuticals LimitedがNuvista Pharma Limited.の85.22%の株式を取得
バングラデシュでは、インドをはじめとする周辺諸国と比較してM&Aの事例が多いとは言えませんが、2035年頃には世界で24番目に大きな経済になるとの見通しや、毎年のGDPの安定的な伸びにより、こうした市場をビジネスチャンスととらえる投資家からM&Aが増えていくかもしれません。
+ .2 .事前の確認事項
バングラデシュの外国資本の規制
バングラデシュでビジネスを行うにあたっては、まず外資企業の規制業種について確認しておく必要があります。
■規制業種
現在のところ、以下に列記する業種を除き、規制業種についての明確な規定はなく、管轄官庁であるバングラデシュ投資庁(BIDA:Bangladesh Investment Development Authority)に個別に質問を行い、確認を取る必要がありますが、当局の回答は非常に曖昧であるため、投資の際、最新の情報を取得することが必要です。
■事前に政府許可が必要な業種
深海での漁業、銀行・金融業、保険業、電力関連、天然ガス・石油・精油・石炭関連、その他鉱物資源関連、大規模インフラ事業、ガス・鉱物資源を原材料とする中規模及び大規模企業、通信サービス、衛星放送サービス、航空旅客・輸送業、海運業、港湾建設、VoIP/IP電話サービス、沿海部で採取される重金属を利用する産業等
■出資比率に規制がある業種
海運・物流業については出資金額、出資比率についての規制があり、海運は49%、物流業は40%が出資上限となります。
バングラデシュにおけるM&Aの関連法規
保有ライセンス有無により、M&Aを行う際に、事前許可を取得する必要がある業種があるため、事前確認が必要です。例として、対象の企業が金融機関である場合、バングラデシュ中央銀行からの事前許可が必要です。同様に、企業が通信業界に属する場合、合併または買収を実行するためにはバングラデシュ通信規制委員会(Bangladesh Telecommunication Regulatory Commission)からの事前許可が必要です。
またM&A関連法規には、以下の様なものが挙げられます。
- 証券取引法(The Securities and Exchange Ordinance, 1969)
- 公開買付規則(Bangladesh Securities and Exchange Commission (Substantial Acquisition of Shares and Takeovers) Rules 2018)
- 会社法(The Companies Act (2nd Amendment) 2020)
- 外国為替及び外国取引法(Foreign Exchange laws Act 1947)
- 競争法(The Competition Act, 2012)
上法の主な規則について、以下で説明していきます。
証券取引法は、同法19条及び19A条にて、委員会の許可がない限り公開情報開示を禁止しています。
本19条及び19A条に違反し情報を開示し、それを内部者取引を通じて利益を得る目的で使用した場合は刑法で罰せられます。5年以下の懲役か、50万BDT以上の罰金、もしくはその両方が量刑となります。
上場企業の株式の10%以上を取得する意向がある場合、買収者はその情報を企業が上場している株式取引所に開示する必要があります。関連する株式取引所からこのような開示を受け取った場合、株式取引所は即座にその開示情報をオンラインニュースで公表します。また、公開買付規則の規定に従い、発行済株式の10%以上を取得しようとする入札者は、証券取引所から特別な許可を受けない限り、商業銀行を介し「公募買付」プロセスに準じて買付を行う必要があります。
上場企業の場合、過去6か月の株価指数の平均値が、買収者が株式を購入する際の最低価格となります。非上場企業の場合、最低価格制限はありません。また、上場企業は、自社株式を取得させる目的で、直接または間接的に他者に対し財政支援を行う事はできません。ただし、非上場企業はそのような制限の対象とはなりません。
上場企業の買収に関連して買収者が提出する書類の中には、以下のようなものがあります。
1. 取得する企業の名称および購入を意図している株式数
2. 買収の目的および提案価格に関する提案書
3. 買収者と対象企業との間で締結された覚書
4. 合併計画および/または株式譲渡の承認に関する取締役会および/または株主承認書
5. 銀行法の27A条に規定される銀行または金融機関からの異議なしの通知書(Non-Objection Certificate)
6. 資産および負債の譲渡に関連する契約書
7. 株式譲渡のための法定譲渡書類(Form-117等)
8. 株式の譲渡者による宣誓供述書
対象企業が敵対的買収提案を受けた場合、その取締役は状況に応じて株主にそれを受け入れるか拒否するよう助言することができます。
また、競争法では、直接的または間接的に独占・寡占状態を作り出す取引について規制の対象となると規定しています。特に、優位的な地位(Dominant Position)の乱用による公正な競争の妨げがそれにあたるとしています。
優位的な地位の濫用とは、以下の様なケースを指しています。
(1) 商品やサービスの購入または販売において、直接的または間接的に不公平または差別的な条件を課し、または商品やサービスの購入または販売において差別的な価格または独占的な価格を課すこと。
(2) 他者の市場アクセスを拒否する妨害行為を行うこと。
(3) 契約締結の際に、補完的な義務を受け入れることに同意させること、契約の目的または商業の慣習において直接関連性のない補足的な義務を課すこと。
(4) 自身の優越的な地位を利用して、一つの関連市場から他の関連市場に進出し、またはそれを保護すること。
なお、優越的な地位とは、以下のような側面より判定されます。
関連市場における企業の享受する強い地位であり、それにより、(1) 関連市場における競争力を無視して独立して運営できるか、(2) 競合他社や消費者、または関連市場に対して影響を与えることができるか。
上記のように競争状態を阻害しているとみなされる場合、競争委員会(Bangladesh Competition Commission)は、当該関係者の調査を行い、是正措置に関する通告・罰則を科すことができます。本通告の発出は調査後60日を超えてはならないとされています。調査の結果、委員会が反競争協定を結んでいるか、または優越的な地位を濫用していると判断した場合、委員会は次のいずれか、または複数の措置を講じることができます。
(a) 当該協定または優越的な地位の濫用に関与する個人に対して、
(i) 当該協定及び優越的な地位の濫用の中止
(ii) 直近3年間の平均売上高の10%を上限とする罰金を課すことができます。
(b) 反競争協定の対象となるすべての当該者に対し、当該協定の対象年毎の利益の3倍または当該協定の対象年毎の売上高の10%、いずれか高い方を罰金として課すことができます。
(c) (a) および (b) に基づく罰金を支払わない場合、一日当たり10万タカまでの罰金を課すことができます。
バングラデシュにおけるM&Aの手法
M&Aとは、Mergers(合併)&Acquisitions(買収)の略で、M&Aは大きく分けて合併と買収の2つの方法があります。さらに合併には、吸収合併と新設合併の二種類の方法、買収には、既存の企業の株式取得や事業譲渡等いくつか方法がありますが、一般的に買い手側の詳細調査(デューデリジェンス)には長期間かかるといわれているため、時間を買うというM&Aの目的から見るとデメリットもそれなりにあると言えます。
また日本企業とバングラデシュ企業ではコンプライアンスに関する意識に差が生じることも少なくないため、既存の会社を買収するよりも、合弁会社を設立する、もしくは新会社を設立し、経営権を譲受する形で事業を行う方が、考え方の相違から生じるトラブルを避けられるかもしれません。
ただし、バングラデシュ企業と合弁会社を設立する際に、合弁契約書や定款の作成に十分な時間を割かずに後に問題が発生する事例も少なくないので、特に合弁契約書や定款の作成には時間をかけて準備する事が望ましいです。
なお、バングラデシュで吸収合併を行う際には、最高裁判所での手続きが必要となるため注意が必要です。
以下、新設合併(合弁会社設立)、既存株の株式譲渡、第三者割当増資、株式交換、事業譲渡の方法を紹介します。
■新設合併(合弁会社設立)
合弁会社の設立は、第3章の設立に記載の現地法人の設立とほとんど同様のプロセスで設立する事が可能です。バングラデシュで現地法人を登記することは比較的容易であり法的に営業活動を開始できるまでに一番時間がかからないのはこの方法ですが、マーケットシェアを取るために一から準備を行う必要があるため、事業が軌道に乗るまでには時間がかかる可能性があります。
<事前準備・留意点>
バングラデシュで日系企業とバングラデシュ企業が合弁会社を設立する際に、法人登記に関するプロセスを合弁相手のローカルパートナーに一任して進めてしまうケースが見受けられますが、ローカルパートナーが都合良く定款を作成し登記してしまい、たとえ日系企業が過半数以上を出資していても経営決済権がローカルパートナーとなってしまっているという事例が散見されています。登記書類は法的拘束力を持つためローカルパートナーに一任せずに、特に合弁契約書や定款の内容を精査し合弁会社を設立することが重要になります。
<合弁会社設立のスケジュール>
- 会社商号の取得(約1週間)
- 合弁契約書や定款を含む会社書類の作成(約1ヶ月)
- 法人登記前銀行口座の開設(約1週間)
- 資本金の送金(約2週間)
- 商業登記所への登記申請(約3週間)
- 納税識別番号の取得(約1週間)
- 営業許可証の取得(約2週間)
- 銀行口座の開設(約3週間)
- 付加価値税の事業者登録(約1ヶ月)
<必要書類>
・Form-VI
・Form-IX
・Form-X
・Form-XI
・Form-XII
・Promoter’s Meeting
・Joint Venture Agreement
・Articles and Association
・Memorandum of Association
■対象企業の株式を取得する方法(株式譲渡)
既存の株式を取得する場合には、株式譲渡手続きが必要となります。
<事前準備・留意点>
バングラデシュは署名文化のため手続きを行う場合、商業登記所への申請フォームへ譲渡人の署名が必要となります。譲渡を約束しても実際に必要書類へ署名がされない限り手続きを行うことができないため、必要書類を事前に準備し、両者の合意が取れた後できるだけ早い段階で署名を行うのが良いと言えます。
<株式譲渡手続きのスケジュール>
- 取締役会及び株主総会を開催(最低1.5か月)
- 必要書類の作成及び旧株主の署名を公証役場にて公証手続き(約1週間)
- 必要書類を商業登記所へ提出し株式譲渡の申請(約2か月)
- バングラデシュ中央銀行への通知(約1週間)
※旧株主がバングラデシュ現地の公証役場にて公証手続きが不可能な場合には、当該国の公証役場で公証手続きを行い、さらに当該国のバングラデシュ大使館にて認証手続きを行う必要があります。例えば、日本人が株主でバングラデシュ現地の公証役場へ出頭することが難しい場合には、日本の公証役場にて公証及び在日バングラデシュ大使館にて認証手続きを行った書類を商業登記所へ提出することになります。その場合は、手続きと郵送を含めて3週間ほど時間を要します。
必要書類
・取締役会議事録及び株主総会議事録
・Affidavit
・Schedule-X
・FROM-117
・FROM-XII 等
■対象企業の株式を取得する方法(第三者割当増資)
第三者割当増資は、既存の株式を移動させるのではなく、新たに増資し株式を発行する事をいいます。
<事前準備・留意点>
新株を発行する前に授権資本枠(Authorized Capital)を確認する必要があります。バングラデシュには、資本金を受け入れるための授権資本枠と実際に資本金として株式を発行する払込資本金(Paid up Capital)の2種類の資本金が存在します。発行株式を意味する払込資本金の額は授権資本枠の額を超えることはできないため、新株を発行する枠があるかどうかを確認する必要があります。授権資本枠が足りない場合には、授権資本枠の引き上げを行うことができます。
<授権資本枠引き上げのスケジュール>
- 取締役会及び株主総会の開催(最低1.5か月)
- 必要書類を商業登記所(RJSC)へ提出し授権資本枠引き上げの申請(約1か月)
- バングラデシュ中央銀行への通知(約1週間)
<必要書類>
・取締役会議事録及び株主総会議事録
・更新済みの定款
・FROM-VIII
・FROM-IV 等
<新株の発行のスケジュール>
授権資本枠が十分に確保されている場合には授権資本枠の引き上げを行う必要はありません。
- 株主の増加と払込資本金額の増加を決議するための取締役会及び株主総会を開催(最低1.5ヶ月)
- 増資予定金額の送金(約1週間)
- 新株の発行(約1週間)
- 必要書類を商業登記所へ提出し払込資本金額の増加の申請(約2か月)
※株主の数が増加する場合には、定款、合弁契約書等を更新する必要があります。
<必要書類>
・取締役会議事録及び株主総会議事録
・更新済みの定款
・更新済みの合弁契約書
・新株
・Encashment Certificate(銀行より発行される送金証明書)
・Schedule-X
・FROM-XII 等
以前はバングラデシュ証券取引委員会(BSEC)への通知が必要な場合がありましたが、2019年以降、本規定が下記のように変更されています。
[変更前(2019年6月19日まで)]
・外資企業
払込資本金が10億タカを超える場合、バングラデシュ証券取引委員会(BSEC)へ報告義務があり申請料が発生していました。(株式公開を行うかどうかの選択可能)
・ローカル企業
払込資本金が1億タカを超える場合、バングラデシュ証券取引委員会(BSEC)へ報告義務があり申請料が発生していました。(株式公開を行うかどうかの選択可能)
[変更後(2019年6月20日以降)]
上記の内容が全てキャンセルされ、払込資本金が10億タカを超えた場合でもバングラデシュ証券取引委員会(BSEC)へ報告や申請料の支払いは不要となりました。
■対象企業の株式と自社の株式を交換する方法(株式交換)
株式交換は、対象企業の全株式を自社の一部の株式と交換し、完全子会社化する方法です。この方法は、株式を交換することで子会社化する方法であるため買収資金を調達する必要がありません。
<事前準備・留意点>
対象企業を完全に子会社化することは可能ですが、バングラデシュの会社法上、株主は最低2名以上必要となるため1社で100%の株式を所有することができません。そのため、親会社となる企業の関連会社も株主とし、2社以上で100%を持つことになるため事前に誰が株主となるのかを決めておく必要があります。
<株式交換手続きのスケジュール>
- 取締役会及び株主総会を開催(最低1.5か月)
- 必要書類の作成及び旧株主の署名を公証役場にて公証手続き(約1週間)
- 必要書類を商業登記所へ提出し株式譲渡の申請(約2か月)
- バングラデシュ中央銀行への通知(約1週間)
※旧株主がバングラデシュ現地の公証役場にて公証手続きが不可能な場合には、当該国の公証役場で公証手続きを行い、さらに当該国のバングラデシュ大使館にて認証手続きを行う必要があります。例えば、日本人が株主でバングラデシュ現地の公証役場へ出頭することが難しい場合には、日本の公証役場にて公証及び在日バングラデシュ大使館にて認証手続きを行った書類を商業登記所へ提出することになります。その場合は、手続きと郵送を含めて3週間ほど時間を要します。
必要書類
・取締役会議事録及び株主総会議事録
・Affidavit
・Schedule-X
・FROM-117
・FROM-XII 等
株式交換と類似した方法に、株式移転があります。これは、親会社となる会社を新設し、新設した会社に既存の会社の株式を取得させる方法です。
■対象企業の事業を一部譲渡する方法(事業譲渡)
事業譲渡は、対象企業の既存の事業を引き継ぐ方法です。事業規模により目的が多少異なりますが、新規事業の拡大や、エリア規模の拡大などのメリットがあります。
<事前準備・留意点>
事業譲渡を行う場合には事業譲渡契約を締結することになります。その際には上述の合弁会社設立で記載したように、事業譲渡契約書の作成を対象企業やパートナーに一任するのではなく内容を精査し慎重に進める必要があります。
<事業譲渡手続きのスケジュール>
- 取締役会及び株主総会を開催(最低1.5か月)
- 事業譲渡契約書の作成/締結(約1ヶ月)
- (定款内に譲渡事業が事業目的として記載されていない場合)定款変更申請書類作成(約2週間)
- (定款内に譲渡事業が事業目的として記載されていない場合)定款の変更申請(約3か月)
譲受予定の事業が定款に事業目的として記載されていない場合は、当該事業を譲受することができないため、予め定款の内容を確認する必要があります。
+ .3 .M&Aのプロセス
バングラデシュをはじめとする新興国でのM&Aの実行段階においては、想定するメリットを享受するためにもできる限り迅速に取り組む必要があります。意思決定に多大な時間を要した結果、経済情勢の変化によって条件の見直しを余儀なくされる事例も散見されます。本節では、タイムスケジュール策定の参考になるよう、M&Aの実行プロセスを検証します。
意思決定フェーズ
初期交渉フェーズ
最終交渉フェーズ
最終交渉および最終契約書締結
M&A戦略の策定
デュー・デリジェンス・バリュエーション
基本合意条件交渉、基本合意書(LOI)の締結
プレ・バリュエーション
買収対象企業/ジョイント・ベンチャー・パートナーとの接触・打診
対象企業の情報収集
取締役会の承認
プロセスと各フェーズのポイント
■意思決定フェーズ
トップマネジメントによる新市場への進出の意思決定プロセスにおいては、まず以下の項目を熟慮し、整理する必要があります。
各項目を定量化して合理的に判断
この段階では、目的・評価が定性的になりやすく、関係者の情報共有を阻害しがちです。各人の情報の理解に食い違いが起こると、社内に不要な軋轢が発生し、タイムスケジュールの大幅な見直しを余儀なくされます。できるだけ各項目を定量化して合理的な判断を可能にしていく努力が必要です。また、外部に対する情報の機密性の観点からもフィージビリティー・スタディー(事前の調査・検討)段階から外部のアドバイザーを活用し、情報を管理することも1つの手段です。
海外事業担当、プロジェクトメンバーおよび外部アドバイザーの報告を受け、自社の市場参入目的に適う投資額・時期をトップマネジメントが承認します。このとき、自主的進出か、大手取引先等に追随しての進出かにより大きく条件は異なりますが、投下資本の回収可能性の評価方法と撤退条件についても共有しておきます。
トップマネジメントの承認を受け、担当者はM&A戦略に沿う買収対象企業/ジョイント・ベンチャーパートナー候補の情報を、広範な情報ソースを利用して入手する段階に入ります。一般的に、経済環境の成熟した欧米や日本国内においては、業界団体・行政等のリストが既にあり、公開されていることも多いのですが、新興国においては社員などプロジェクトメンバー自らが情報収集にあたる必要があります。
また、経済環境の変化が激しいため、既存の情報が判断材料となりにくい例も見受けられます。特に黎明期にある業界においては、対象先を数多く挙げたロングリストが作成できない場合もあるため、リスト自体の情報精度にあまり神経質にならず、一定の割り切りのもとで絞り込みに入る必要があります。こうして対象企業を数社に絞ったショートリストが作成され、これを基にさらに現地情報の収集にあたることになります。この際、一次情報の入手には公用語や現地語に堪能な担当者を確保することが必要です。担当者が現地に赴き裏付けを取ることも必要なコストと理解し、投資しなければなりません。
一方で、一定の情報を常にプールしている金融機関からは、多くの候補先の紹介を受けることがあります。ただし、選別が行われていないものも多く、自社の情報咀嚼能力が問われます。
他方、コンサルティング会社やM&Aアドバイザーの活用は一定のスクリーニングを経た情報のリストが入手できるほか、ローカライズされ判断をしやすい情報になっていることも多く、意思決定プロセスにおいては一定のメリットがあります。
■初期交渉フェーズ
前述のショートリストを作成後、いよいよリスト上の企業と接触し、候補先の外国企業との買収/ジョイント・ベンチャーについての可能性を企業ごとに確認していきます。
<秘密保持契約書>
交渉の初期においては、会社名を伏せて匿名での接触も可能ですが、候補先に買収/ジョイント・ベンチャーに関して交渉の余地がある場合は、秘密保持契約を締結し、公開情報を提示して交渉に当たります。
<自社情報の開示>
秘密保持契約締結後は、最低でも会社規模、事業内容、会社の物的基盤、株主構成、沿革、M&Aによる進出の目的を記載したレジュメを用意し、まず自社の意思を相手に表明して打診します。
<交渉人の固定>
候補先との交渉に当たっては、十分な語学力に加え、相手に信頼を得られるだけの人間力が求められます。複数回にわたる初期の交渉時点から交渉人を固定し、自社のトップマネジメントからの委任状を提示して信頼関係を丁寧に築いた方が、円滑に交渉が進む場合が多いです。
<交渉手順の明示>
一般的に候補先との交渉開始に当たっては、秘密保持契約書の締結に始まって、一連の交渉手順をあらかじめ明示します。これは、交渉が進むにつれて候補先との手順やタイムスケジュールが合わなくなり、交渉が頓挫するのを避けるためです。
< M&A アドバイザーの存在>
交渉フェーズにおいては、機動力のあるM&Aアドバイザーの存在が重要です。一般に日本企業が現地の文化まで理解し、言語能力・交渉能力に長けた人材を保有している例は稀であり、交渉人の選定に苦慮している状況が多く見受けられるからです。さらに、同族企業が多く売却・資本参加に理解のあるオーナーが少ない新興国においては、M&Aアドバイザーはローカル・ルールに精通し、同時に複数の機会を活用して、機会損失を防ぐメリットも提供してくれます。
候補先との接触・交渉において、両者のプロセス進行への意思確認ができれば、買収企業は簡易的なデュー・デリジェンス(DD)を実施し、買収候補先の実態およびM&A後の将来を見極める必要があります。
プレ・バリュエーション結果を踏まえた買収価格の基本的考え方を双方で確認し、M&A実行の意思合意がされた時点で、その合意内容を基本合意書(LOI:Letter Of Intent)に明示し、文書化します。記載内容は以下のとおりです。
- 買収価格(Purchase Price)
- 重要な買収条件(Significant Purchase Conditions)
- スケジュール
- 表明・保証(Representations and Warranties)
当該LOI以前に得た情報が事実に反する場合には、提示側の表明・保証違反となり相手側による当該契約の解除や損害賠償などの請求を可能とする補償条項が規定される場合があります。この規定は買収・売却双方に適用されるため、株式交換によるM&Aの場合には、株式の値下がりリスクを回避したい売却側が買収側に現在から将来にわたる事業内容と成長性に関する表明・保証を要求することができます。表明・保証の対象となる事項は、株式譲渡契約の場合、買収対象企業の株主関係、財務状況、保証債務、訴訟の係属等があります。
<デューデリジェンスの範囲>
財務・税務、ビジネス、法務、人事、IT、知的財産、環境等の案件ごとに、着目するポイントはさまざまあるため、案件に応じてデューデリジェンスを行う領域を設定しておきます。
■最終交渉フェーズ
買収/ジョイント・ベンチャー設立の際に一般的にデューデリジェンスの対象となる項目は次表のとおりです。
【デューデリジェンスの典型的な調査対象リスト(M&A/JVに共通)】
株主 |
|
異常な取引等の有無 |
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コーポレートガバナンス |
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内部統制システム |
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収益及び収益獲得方法のクオリティ | ・ 現状の収益が持続可能なものか ・ 典型的な調査対象事項 ‐ 創業者の報酬体系が明瞭化されているか ‐ 法令や会社の内部規則上の従業員に対する支払義務(年金等)が未払になっていないか ‐ 市場価格とは異なる価格で関連会社等と取引していないか - 通常では考えられないような単発の大きな収入または支出がないか - 特定の仕入先や顧客に依存していることにより、取引交渉力に問題があることはないか |
資産/負債及び運転資金管理のクオリティ |
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一般会計原則及びその他の財務事項 |
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税務上の問題 |
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法令整備等の環境 |
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【JVの場合に特に必要な追加調査対象リスト】
JVパートナーの略歴 |
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フィナンシャルキャパシティ |
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資産/負債の価格評価 |
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JVパートナーとの企業文化や規模の違いによる問題 |
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デューデリジェンスに基づき、最終的な詳細条件が双方合意のもと整理されます。このとき買収側が最終契約書(DA:Definitive Agreement)のドラフトを作成し、売却側に提示します。最終契約書とは、株式譲渡がある場合は株式譲渡契約書を指します。
■統合後の人事の重要性
M&Aには多くの不確定要素が伴います。そして、その不確定要素は社員の職業安定性の問題に結び付き、合併後の社員のモラル低下を導く恐れがあります。一般に、M&Aの8 割がM&A後に少しの価値も生み出せず、むしろ合併前の企業価値の半分以上を失っているといわれています。こうした状況を避けるために、注意すべき点は次のとおりです。
<人事的要素>
定量的に評価できる財務分析、経済分析等に注目が集まりがちですが、むしろ、定性的に評価されることが多い人事的要素が、M&Aの成功に重大な影響を与えている場合が多いです。
<心理的要素>
M&Aに伴う職場環境・仕事の変化、管理体制、同僚との関係、そして、ヒエラルキーの変化は社員に大きなストレスをもたらします。また、M&Aは社員がこれまで社内で担当し、積み重ねてきた仕事を失い、今後のキャリアプランを再考させられるきっかけにもなり、これらが続くと、社員の会社変革に対する抵抗、会社に対する貢献度への著しい低下等が表面化することになります。
<文化的要素>
文化的なギャップはM&Aを失敗に導く大きな原因の1つです。これは、社員の帰属意識の低下を招き、M&A後の組織作りにおいて大きな障害となります。文化的な違いは双方の会社の文化的多様性に根ざしているので、これらを理解することがM&Aを成功させるための鍵となります。
バリュエーション
バリュエーション(企業価値評価)とは、「企業または事業の価値を評価し、適正価格を算定する作業」のことです。企業価値評価のアプローチとしては、「マーケットアプローチ」「インカムアプローチ」「コストアプローチ」の3つの方法が一般的に用いられます。
企業価値を的確に把握するためには、対象企業の特性に合った方法を採用する、あるいは複数の方法を用いて多面的に評価することが有用であるといえます。
■事業価値、企業価値、株主資本価値
企業には、事業価値、企業価値、株主資本価値の3つの価値が存在します。事業価値とは、ある事業から創出される価値のことをいいます。貸借対照表上の純資産価値だけでなく、貸借対照表に計上されない無形資産や知的財産を含めた価値のことです。前述のマーケットアプローチ、インカムアプローチ、コストアプローチの手法である、類似企業比較法、類似取引比較法、類似業種比較法、DCF(Discounted Cash Flow)法、簿価純資産法、時価純資産法などの各種評価法を使用して評価されます。企業価値とは、事業価値に、会社の保有する事業資産以外の資産の価値も加えて算出する価値です。株主資本価値は、会社が調達する資本のうち、銀行借入等の他人資本に係るコストとなる有利子負債を除いた株主に帰属する価値をいいます。
+ .4.【参考】
・バングラデシュ会社法(Companies act 1994)
http://bida.gov.bd/wp-content/uploads/2019/01/Companies_Act.html
・The Daily Star
・JETRO
・証券取引法(The Securities and Exchange Ordinance, 1969)
・公開買付規則(Bangladesh Securities and Exchange Commission (Substantial Acquisition of Shares and Takeovers) Rules 2018)
・外国為替及び外国取引法(Foreign Exchange laws Act 1947)
・競争法(The Competition Act, 2012)
