閉鎖・撤退
第4章 撤退
4.1 会社の清算および撤退
清算について
シンガポールでビジネスを開始するにあたり、事業が計画通りに進まなかった場合の撤退方法および手続の流れは、事前に把握しておくべき重要事項の一つです。シンガポールでは、会社の撤退方法として、主に「ストライクオフ(登記抹消)」および「清算/会社の清算(Liquidation / Winding Up)」の制度が整備されています。
一般的に、事業を停止し、資産・負債や未処理の税務・罰金等がない会社についてはストライクオフが選択されます。一方、債務整理を伴う場合、債権者対応が必要な場合、または正式な手続を経て終了させる必要がある場合には清算手続が採用されます。撤退に要する期間は、ストライクオフの場合はおおむね4~6か月程度、清算の場合は会社の状況により数か月から2年程度が目安となります。
【2026年版 追記:ストライクオフの主な適用条件(ACRA)】登記抹消(Striking Off)の申請には、概ね次の条件を満たす必要があります。①取締役の過半数の同意があること、②会社が事業を停止し、資産・負債がないこと、③現在および将来にわたり訴訟等の当事者となっていないこと、④ACRA・IRAS等からの未対応のペナルティ・未提出書類・未払税金がないこと。これらを満たさない場合、ACRAが異議を述べ抹消が認められないことがあります。
本章では、シンガポールから撤退する際の流れについて解説します。
項目 | ストライクオフ | 清算(Liquidation) |
|---|---|---|
概要 | 簡易な登記抹消 | 正式な清算手続 |
適用条件 | 事業停止、資産・負債なし、未処理の税務・罰金・訴訟等なし | 債務ありでも可 |
所要期間 | 約4~6か月 | 約6か月~2年程度 |
コスト | 低い | 高い(清算人費用等) |
税務確認・クリアランス | 未処理税務があればIRASが異議を申し立てる可能性あり | 清算人による税務申告・支払・記録保管対応が必要 |
手続主体 | 会社/役員(BizFile+申請) | 清算人(裁判所清算では裁判所が関与) |
現地法人清算の手続
■現地法人清算のスケジュール
シンガポールにおける会社の清算は、主にInsolvency, Restructuring and Dissolution Act 2018(IRDA)に基づいて規定されています。会社の登記・届出については、会社法(Companies Act)およびACRAへの手続も関係します。
■解散及び清算人の決定 ・・・①②③
任意清算は、株主総会における特別決議(通常は75%以上の賛成)により開始されます。一方、Compulsory Winding Up(裁判所による清算)は、債権者等の申立てに基づき、裁判所の命令により開始されます。
清算の主な類型は以下のとおりです。
・Members’ Voluntary Winding Up(株主による任意清算。支払能力あり)
・Creditors’ Voluntary Winding Up(債権者による任意清算。支払能力なし)
・Compulsory Winding Up(裁判所による清算)
なお、Members’ Voluntary Winding Upを選択する場合、会社が清算開始後12か月以内に債務を全額弁済できることを前提に、取締役による支払能力宣誓書(Declaration of Solvency)の作成・提出が必要となります。
一般的には、株主総会により選任された清算人(Liquidator)が、資産および負債の整理、債権者対応等の一連の清算手続を行います。
■公告及び当局への届出・・・④⑤
任意清算開始後、会社または清算人は、清算類型に応じて以下の手続を実施します。
・清算決議のACRAへの届出・清算決議について官報(Government Gazette)および英字日刊紙(The Straits Times、The Business Times等)への公告
・債権者への通知または債権者集会の開催(支払不能の場合等)
・清算人の選任およびACRA/Official Receiverへの関連届出
これにより、会社は清算中の状態として扱われ、清算人が資産換価、債権者対応、税務対応等を進めます。
■事業ライセンスの抹消・・・⑥
清算開始後、会社が保有する各種ライセンス・許認可について、所管官庁への返還および抹消手続を行います。
清算開始後の会社活動は、原則として清算目的に必要な範囲に限定されます。取締役の権限も、清算人が認める場合等を除き制限される点に留意が必要です。
■従業員の整理・解雇・・・⑦
清算手続に伴い、従業員がいる場合は雇用終了手続を実施します。シンガポールでは、勤続年数等に応じた法定の一律解雇補償制度は限定的ですが、雇用契約、就業規則、労使慣行およびMOMのガイドラインを踏まえた対応が必要です。
・雇用契約に基づく通知期間または通知手当の支払い
・未払給与、未消化有給休暇、CPF拠出等の精算
・雇用契約または会社方針に基づく退職金・Retrenchment Benefitの支払い(該当する場合)
・従業員債権は、清算手続上、一定範囲で優先弁済の対象となり得る点への留意
企業としては、労使関係およびレピュテーションリスクを踏まえ、適切かつ公平な対応を行うことが重要です。
【2026年版 追記:外国人従業員のビザ・税務手続】外国人従業員を解雇・帰国させる場合、人材省(MOM)での就労パス(EP/S Pass等)のキャンセル手続と、雇用主の義務であるIRASへの「Form IR21(外国人従業員の納税清算)」の提出が必須です。原則として最終給与支払の少なくとも1か月前までにIR21を提出し、未払税額相当を源泉留保(Tax Clearance)する必要があります。怠ると雇用主に罰則・ペナルティが及ぶため、撤退時のチェックリストに必ず加えてください。
■税務対応及び税務調査・・・⑧
清算開始後、清算人は税務上の未処理事項を整理します。IRASは全ての清算会社について一律にTax Clearance Letterを発行するわけではないため、未払税金・未提出申告の有無を確認し、清算完了前に解消しておく必要があります。
具体的には:
・清算開始日までの未提出法人税申告、財務諸表および税務計算書の提出
・清算期間中の収支報告(Declaration of Receipts and Payments)の提出
・最終財務諸表および最終税務書類の提出
・GST登録の抹消(該当する場合。事業停止後30日以内の申請が必要となる場合あり)
・清算完了後、会社の帳簿・書類を一定期間(通常、解散日から5年間)保管
IRASによる確認・照会が行われる場合があり、未提出申告、未払税金、GST登録抹消等の未処理事項がある場合には、清算完了までに時間を要することがあります。
■銀行口座の閉鎖・・・⑨
会社の銀行口座については、債権回収、債務弁済、税金支払、残余財産の分配等が完了した後に閉鎖を行います。未処理の取引や自動引落しが残存すると、税務・清算手続に影響を及ぼすため、事前の整理が重要です。
■会社登録の抹消・・・⑩
清算人は最終報告書・収支計算書を作成し、最終集会(Final Meeting)等の所定手続を行います。その後、所定期間内にACRAおよびOfficial Receiverへ最終書類を提出し、必要な公告を行います。
所定期間経過後、会社は登記簿から削除され、法人格が消滅します。
■債務整理の注意点
会社の解散に際しては、債務整理が必要となります。特に親会社からの借入金(親子ローン)を放棄する場合、債務免除益の課税、移転価格、源泉税、為替差損益等の税務・会計論点が生じる可能性があります。
そのため、会社設立時から資本構成、資金調達方法、親子ローンの条件、撤退時の債務整理方法について、撤退時を見据えた設計が重要となります。
■合弁会社の撤退
合弁会社の撤退においては、会社法・IRDA上の手続に加え、合弁契約および定款の内容との整合性が重要です。特に以下の点に留意する必要があります。
・解散決議に必要な株主構成および議決要件
・Reserved Matters(重要事項)として全会一致や特定株主の同意が要求されていないか
・株式譲渡制限、買取請求権、ドラッグ/タグアロング条項の有無
・合弁契約における撤退条項(Exit条項)
特に、一定条件(例:連続赤字、事業許認可の喪失、デッドロック等)に基づく撤退トリガーや、株式買取価格の算定方法等を事前に合意しておくことが重要です。
駐在員事務所閉鎖の手続
■駐在員事務所閉鎖のスケジュール
シンガポールにおける駐在員事務所(Representative Office:RO)は、原則として市場調査等を目的とする一時的な拠点であり、通常1年間有効、延長はケースバイケースで最長3年までとされています。閉鎖時には、所管機関(通常はEnterprise Singapore)への通知・手続を行います。
■申請書類の作成・・・①
本社において、駐在員事務所閉鎖に関する申請・通知書類を作成します。
■当局への申請・・・②③
所管機関(通常はEnterprise Singapore)へ閉鎖または更新しない旨を通知します。実務上、閉鎖または恒久的拠点への移行を決定した場合、一定期間内(一般に1か月以内)に通知することが求められます。
■従業員の整理・・・④
従業員がいる場合は、雇用契約およびシンガポールの雇用関連法令に基づき、通知期間、未払給与、有給休暇、CPF等を適切に精算します。
■税務対応・・・⑤⑥
駐在員事務所の活動内容、雇用・支払の有無、GST登録の有無等に応じて、必要な最終申告・税務上の確認を行います。
■銀行口座の閉鎖・・・⑦
全ての取引完了後、銀行口座を閉鎖します。
【参考文献】
・Accounting and Corporate Regulatory Authority(ACRA)「Closing a local company / Striking off / Winding up」
https://www.acra.gov.sg/manage/companies/closing-a-local-company/
・Singapore Statutes Online「Insolvency, Restructuring and Dissolution Act 2018」
https://sso.agc.gov.sg/Act/IRDA2018
・Ministry of Law, Insolvency Office「About Liquidation or Winding Up」
https://io.mlaw.gov.sg/corporate-insolvency/about-liquidation-or-winding-up/
・Inland Revenue Authority of Singapore(IRAS)「Companies Applying for Strike off / Companies under Liquidation」
https://www.iras.gov.sg/
・IRAS「GST-Registered Companies Under Liquidation / Cancelling GST Registration」
https://www.iras.gov.sg/taxes/goods-services-tax-gst
・Enterprise Singapore「Representative Office」
https://www.enterprisesg.gov.sg/about-us/contact-us/representative-office
・日本貿易振興機構(JETRO)シンガポール関連資料
https://www.jetro.go.jp/world/asia/sg/
